| 小倉百人一首(25番)
「名にし負(お)はば 逢坂山(あふさかやま)の さねかづら 人に知られで くるよしもがな」
三条右大臣(873-932) 『後撰集』恋歌三・700
に出てくる「さねかずら(実葛)」は関東地方以西の山野に生える常緑のつる植物ですが、別名「南五味子」といわれ、効果は劣るものの朝鮮五味子の代用として漢方薬「五味子」に使用されていました。
一方、朝鮮五味子は「北五味子」といわれ、いつ頃から日本に自生していたのかは定かではありませんが、薬草としての朝鮮五味子の記述が1800年代初めから散見されることから、そのころには漢方薬の基源植物として珍重されていたと推測できます。
| 年代 |
資料 |
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文化三年
(1806年) |
森鴎外著「伊沢蘭軒」 |
「碓氷峠の天産植物に言及してゐるのは、蘭軒の本色である。北五味子は南五味子のびなんかづらと区別する称である。」・・・蘭軒の紀行から |
| 文政初年ごろ(1818年) |
西山御薬園の薬草目録 |
長崎奉行が開設した御薬園。 文化七年(1810)に西山郷へ移転。 小石川御薬園や京都御薬園に植栽
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| 弘化2年(1845年) |
高千穂採藥記 |
賀来飛霞(かくひか)が延岡領内の薬草調査をした時の紀行文。 |
森鴎外著「伊沢蘭軒」 では、蘭軒が朝鮮五味子を「碓氷峠の天産植物」の一つとしてあげていることから、当時から朝鮮五味子が軽井沢(紀行では「軽沢」)の自然の贈り物であったことが伺えます。
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